今度シューベルトのグレートを吹くことになり、音源を研究中。
ベーム、ショルティ、サバリッシュ
とりあえずベームあたりは基準だろうと勝手に思い込んでいた。
ショルティも ”らしい” 演奏。
サバリッシュは個性的でとても良い演奏。
音楽が大好きなんだと思わせる。
がしかし。
いずれの演奏も、シューベルトのこのグレートという曲を好きにならせてはくれない。
特にベームのはよろしくない。演奏が悪いわけではないのだが・・・
そこで、ふと、カラヤンBPOのCDを持っていることに気づいた。1977年EMI版。
これを聴いて、この曲への印象が180度変わった。大好きな曲になった。
カラヤン恐るべしである。
考えてみれば、カラヤンの演奏はいつもそう。
カラヤン臭はバリバリわかるものの、最終的にはカラヤンすばらしいというよりも
その曲がすばらしいという感想で終わる場合が多い(もちろんまったくの外れもある)。
要するに指揮がうまいということだ。
カラヤン以外の指揮者は皆自分の音楽をやっているが、
カラヤンは曲を聞かせるために全ての技術とリソースを割いている。
曲解釈は独自の個性的なものもあるが、他人からの拝借というのも
目的達成のためならためらわずやっている様である。
1977年EMI版のグレートのどこが良いのか。
端的な話をすれば、第一楽章序奏がまず素晴らしい。
引きずらないテンポを持って推進力があり、音楽が生き生きとしている。
第一楽章のおしまいは目から鱗の斬新テンポだ。
最後の三連符がこれで初めて意味を成すことがわかる。
これに関して、他の演奏は全てNGだと思う。(後述のDG版カラヤンもNG)
第一楽章では1つだけ、序奏の最後の部分で1stフルートが2拍早く入ってしまい、
その後落ちてるのが残念。それ以外はフルートは素晴らしい演奏(おそらくブラウ)。
第二楽章も第三楽章も終楽章も、そのテンポ設定や音量バランス等が吟味されつくしている。後から入手して聴いた1968年DG版に比べて、あらゆる点が改善されている。DG版のほうが良い(好き)と思える部分もあるのだが、シューベルトのグレートという曲としては改善されているという意味である。
しかし、カラヤンBPOの演奏を聴きたいというのならDG版にもかなりの価値がある。
個人的に言えば、それはツェラーが吹いているという点が最大の価値。
この人もまた、この曲の吹き方に対する考え方を180度変えてくれました。
出るべきとこ、引っ込むべきところが文字通り180度。
出るところは期待以上に出ていたが、引っ込むべきところが意外に多く、
聴く前に期待していたのとは違うが聴いた後の満足度は高かった。
ただ、引っ込むといっても、響きは綺麗に残っているのです。
こんな風に吹けたら本当にいいんだけど、素人には難しいだろうな。
第三楽章の短いソロの歌い方は、本当に目から鱗が落ちまくりです。
ツェラーはよくやることなんだけど、フレーズの頭の音を最も響かせて
あとはその余韻でレガート全体を支配する吹き方です。
本当に音楽的だ。素晴らしい。
このDG版、私みたいなツェラーファンじゃない一般人にとっても、
洗練されたEMI版に比べ、もっと元気なカラヤンBPOが聴ける
という意味で、大きな価値があるだろう。
重厚で超ソステヌート奏法な弦楽器はシューベルトというよりも、
まるでブラームスを聴いているかのよう。
EMI版は、その臭みを取って
(だからと言って変なシューベルト味にするわけでもなく)
純粋な洗練された古典ロマン派の音楽そのものを聴かせてくれます。
すばらしいの一言です。
2011年7月24日日曜日
2008年5月27日火曜日
バーンスタインの第九
ふと、手に取ったCDでバーンスタインの第九を聴いています(1980年ウィーンフィル)。第一楽章が終わったところです。バーンスタインは大好きな指揮者ですが、この第九の演奏だけは好きになれず全然聴いていませんでした。テンポが揺れすぎ、まとまりがない、オケの響きがゴージャスじゃない、などの理由でした。
しかし、今改めて一楽章聞き終えた時点で、これらが全て、逆にとても感動を覚える良い演奏と思えました。まとまりがあって、美しく響くだけではベートーヴェンの苦悩は表現できないということなのかもしれません。バーンスタインのこの演奏は、それを直接的に狙ってるというよりも、1つ1つのパート全てをうたって、表現することに没頭しているように思えます。没頭している姿が苦悩の表現につながっているような感じです。オケの響きの効果を狙うよりも、個々のパートの表現を重視しているため、全奏時にクリアな響きにならないような現象も見受けられますが、その荒々しさが、ものすごい力強さにつながっています。
この曲に限らずバーンスタインの傾向ではあるのですが、いままでベートーヴェンにはミスマッチだと思っていたのに、全然そんなことはない。むしろいままで自分が理想だとしてきた表現のほうがミスマッチなのかもしれない、と思うようになってきました。
他の指揮者よりも飛びぬけて個々のパートの表現が優れているバーンスタインの演奏をもっとよく聴いて勉強して、既成概念から抜け出してみるのもいいかもしれない。
しかし、今改めて一楽章聞き終えた時点で、これらが全て、逆にとても感動を覚える良い演奏と思えました。まとまりがあって、美しく響くだけではベートーヴェンの苦悩は表現できないということなのかもしれません。バーンスタインのこの演奏は、それを直接的に狙ってるというよりも、1つ1つのパート全てをうたって、表現することに没頭しているように思えます。没頭している姿が苦悩の表現につながっているような感じです。オケの響きの効果を狙うよりも、個々のパートの表現を重視しているため、全奏時にクリアな響きにならないような現象も見受けられますが、その荒々しさが、ものすごい力強さにつながっています。
この曲に限らずバーンスタインの傾向ではあるのですが、いままでベートーヴェンにはミスマッチだと思っていたのに、全然そんなことはない。むしろいままで自分が理想だとしてきた表現のほうがミスマッチなのかもしれない、と思うようになってきました。
他の指揮者よりも飛びぬけて個々のパートの表現が優れているバーンスタインの演奏をもっとよく聴いて勉強して、既成概念から抜け出してみるのもいいかもしれない。
2008年3月12日水曜日
クーベリック、ベルリンフィルのヘンデル「水上の音楽」/「王宮の花火の音楽」
先日、ドボ7の大判スコアをあちこち探し回って(結局見つからなかった。もっと早く取り寄せとか考えればよかった。)いたついでに、渋谷のタワレコで表題のCDを買いました。1200円に2割引のシールが貼ってあってお買い得でした。
この音源、少年のころに ”グラモフォン・スペシャル・シリーズ” という廉価版(1300円)のレコードを少ない小遣いで買って聴いていたもののCD化です。しかも水上の音楽は少し曲が多く入っています。今でもレコードは持っていて聴くこともできるけど、はやりCDは便利だし曲も多く入っているので買いました。
で。改めて聴くと、すばらしい演奏です!
クーベリックの指揮がすばらしい。
ベルリンフィルの音色がすばらしい。
オーケストラってこんなに鳴るものなのか、と思わせます。
マーラーとかの大編成ではなく、弦楽合奏+最低限の管楽器なのに。
これがオケの基本の響きなのだな~。自分の中で理想とする響きの原点がここにあるのかも。
1963年録音なのですが、どうもこの時代のベルリンフィルが相当にいけているのかもしれない。他にも、ベームやフリッチャイなどの名盤がたくさんあります。
あと、このCDで、オーボエのソロが結構出てきますが、すごいうまいです。もしかして、かの有名なローター・コッホ?ちょっと検索してみたけど、わからなかった。カラヤン時代に活躍した(1970年代)ということしかわからなかった。
あ。1970年代以降はカラヤンがベルリンフィルの音を変えてしまったのかも。1960年代はとても美しいながらも良く鳴っていてスケールの大きい感じがします。1970年代は、ゴウゴウした感じかな。1980年代になると、また美しさも戻ってきて、ある意味の完成形になってる気がします。その後、アバドになってから、ちょっと室内楽チックな響きになってきて、ラトル時代は・・・あまり聴いていないので知りません。
クーベリックに戻ります。このヘンデルの演奏は完全にモダン・オーケストラですが、音楽的にすばらしいです。こういう演奏を聴くと、古楽器やピリオド奏法などは必要ないんじゃないかって思います。
#考古学的にはあってもいいと思うが。例えばマッチを使わずに火を起こして料理するみたいな。
トランペットやホルンも超うまいです。それらの楽器やってる人は必聴。あと、オーボエの人、弦楽合奏の人も。そして指揮者。最高の楽器をクーベリックがしっかりお手入れした結果がこの演奏です。とにかく大絶賛です。どんな風にお手入れしているか注意しながら聴くと、とっても勉強になります。
どの曲もすばらしいんですが、たとえば水上の音楽の有名な "アラ・ホーンパイプ" は、金管と弦楽器のすばらしい音色とクーベリックのお手入れがよくわかる名演奏になっています。あと、このCDの最初の水上の音楽の1曲目も感動的にすばらしいですよ。それから、王宮の花火の音楽は名演中の名演と言えるでしょうね。かっこいいですよぉ。ティンパニもすごいうまいです。
いろいろ演奏を絶賛したあと最後に思うのは、ヘンデルってやっぱり超天才なのだな~ということ。それを感じさせてくれる名盤なのです。
とても美しい音楽なので、癒しの一枚としてお勧めです。
この音源、少年のころに ”グラモフォン・スペシャル・シリーズ” という廉価版(1300円)のレコードを少ない小遣いで買って聴いていたもののCD化です。しかも水上の音楽は少し曲が多く入っています。今でもレコードは持っていて聴くこともできるけど、はやりCDは便利だし曲も多く入っているので買いました。
で。改めて聴くと、すばらしい演奏です!
クーベリックの指揮がすばらしい。
ベルリンフィルの音色がすばらしい。
オーケストラってこんなに鳴るものなのか、と思わせます。
マーラーとかの大編成ではなく、弦楽合奏+最低限の管楽器なのに。
これがオケの基本の響きなのだな~。自分の中で理想とする響きの原点がここにあるのかも。
1963年録音なのですが、どうもこの時代のベルリンフィルが相当にいけているのかもしれない。他にも、ベームやフリッチャイなどの名盤がたくさんあります。
あと、このCDで、オーボエのソロが結構出てきますが、すごいうまいです。もしかして、かの有名なローター・コッホ?ちょっと検索してみたけど、わからなかった。カラヤン時代に活躍した(1970年代)ということしかわからなかった。
あ。1970年代以降はカラヤンがベルリンフィルの音を変えてしまったのかも。1960年代はとても美しいながらも良く鳴っていてスケールの大きい感じがします。1970年代は、ゴウゴウした感じかな。1980年代になると、また美しさも戻ってきて、ある意味の完成形になってる気がします。その後、アバドになってから、ちょっと室内楽チックな響きになってきて、ラトル時代は・・・あまり聴いていないので知りません。
クーベリックに戻ります。このヘンデルの演奏は完全にモダン・オーケストラですが、音楽的にすばらしいです。こういう演奏を聴くと、古楽器やピリオド奏法などは必要ないんじゃないかって思います。
#考古学的にはあってもいいと思うが。例えばマッチを使わずに火を起こして料理するみたいな。
トランペットやホルンも超うまいです。それらの楽器やってる人は必聴。あと、オーボエの人、弦楽合奏の人も。そして指揮者。最高の楽器をクーベリックがしっかりお手入れした結果がこの演奏です。とにかく大絶賛です。どんな風にお手入れしているか注意しながら聴くと、とっても勉強になります。
どの曲もすばらしいんですが、たとえば水上の音楽の有名な "アラ・ホーンパイプ" は、金管と弦楽器のすばらしい音色とクーベリックのお手入れがよくわかる名演奏になっています。あと、このCDの最初の水上の音楽の1曲目も感動的にすばらしいですよ。それから、王宮の花火の音楽は名演中の名演と言えるでしょうね。かっこいいですよぉ。ティンパニもすごいうまいです。
いろいろ演奏を絶賛したあと最後に思うのは、ヘンデルってやっぱり超天才なのだな~ということ。それを感じさせてくれる名盤なのです。
とても美しい音楽なので、癒しの一枚としてお勧めです。
2008年3月2日日曜日
アフォガート本番
今日これからアフォガートの本番がありますが、正直言って苦痛です。
大好きなベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークの音楽なのに、思うような音楽にできません。
少なくとも数ヶ月練習してきたというサウンドではない。当たり前です。昨日初めて登場したような人が大勢いるような状況で、そのようなことが実現できるはずはないです。
アマチュアオーケストラは、もちろん本番が一番大切ですが、それは数ヶ月間練習してきた成果を発表するという意味で大切なのであって、どういう状態でも本番の体裁を繕ってそれなりにイベントが成功すればよい、というものではないと考えています。もちろん価値観は人それぞれですが、私はそういう価値観です。みんなが違うというのなら、わたしはその人たちと一緒に音楽はできないです。音楽に対する情熱をもやせば燃やすほど、このことは私に苦痛としてのしかかってきます。
いままでも同様の問題はありましたが、イベントを成功させるということも重要だと考えて、ある程度妥協して、”本番モード”を作り上げるように努力してきました。つまり、弾けてなくても何でも見栄えのするように仕上げるということです。でも、もうそれはいやです。数ヶ月の練習の成果をありのままに出したいです。
がんばってきた人たちの成果はきちんと出せると思います。しかしオーケストラ全体としては良いサウンドにはならないでしょう。つらいですが、しかたないです。
本番中は、少しでもベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークに近づけるように努力するのみです。
大好きなベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークの音楽なのに、思うような音楽にできません。
少なくとも数ヶ月練習してきたというサウンドではない。当たり前です。昨日初めて登場したような人が大勢いるような状況で、そのようなことが実現できるはずはないです。
アマチュアオーケストラは、もちろん本番が一番大切ですが、それは数ヶ月間練習してきた成果を発表するという意味で大切なのであって、どういう状態でも本番の体裁を繕ってそれなりにイベントが成功すればよい、というものではないと考えています。もちろん価値観は人それぞれですが、私はそういう価値観です。みんなが違うというのなら、わたしはその人たちと一緒に音楽はできないです。音楽に対する情熱をもやせば燃やすほど、このことは私に苦痛としてのしかかってきます。
いままでも同様の問題はありましたが、イベントを成功させるということも重要だと考えて、ある程度妥協して、”本番モード”を作り上げるように努力してきました。つまり、弾けてなくても何でも見栄えのするように仕上げるということです。でも、もうそれはいやです。数ヶ月の練習の成果をありのままに出したいです。
がんばってきた人たちの成果はきちんと出せると思います。しかしオーケストラ全体としては良いサウンドにはならないでしょう。つらいですが、しかたないです。
本番中は、少しでもベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークに近づけるように努力するのみです。
2008年2月25日月曜日
4オクターヴ
昨日、笛で乗っているオケの本番がありました。入団してからまだ2回目のコンサートで新参者としてパート割を全てリーダーの人に任せていたらとんでもないことになってしまった。前:ピッコロ、中とメイン:2nd、なので楽勝・・・と思っていたら・・・
ピッコロは超目立つ曲で、しかも音が超高い。2ndも1stとのからみが多く、しかも地味に目立つ&音楽の始まりで重要だったりする部分があったりして気が抜けなく、これも大変。
おまけに、アンコール2曲は直前にトップを命じられ、小品だから楽勝と思っていたら、1曲はどソロで超目立つし(シベリウスの「悲しきワルツ」:すごくいい曲でした)。これは音楽的にどう吹いていいかわからずステリハで全然ダメだったので、パートメンバーの上手な人に休憩時間にコーチしてもらって、なんとか曲がつかめました。その人からは本番すごくよかったよと言ってもらえました。(^_^)v
結局この日は、フルートの最低音域(第一オクターヴ)のCからピッコロの最高音域(第五オクターブ)のCまで、実に4オクターヴを(?合ってるよな?)吹ききって、へろへろになったコンサートでした。でも、楽しかった~
終演後、聴きに来てくれた(ありがとう!)アフォガートのメンバーといっしょに練習に向かいました(強制連行されたとも言う^^;)。ハンバーグを食べて話をしてリフレッシュできたので、夜の練習も楽しくできました。ハードな一日だったけど、よい一日でした。
ピッコロは超目立つ曲で、しかも音が超高い。2ndも1stとのからみが多く、しかも地味に目立つ&音楽の始まりで重要だったりする部分があったりして気が抜けなく、これも大変。
おまけに、アンコール2曲は直前にトップを命じられ、小品だから楽勝と思っていたら、1曲はどソロで超目立つし(シベリウスの「悲しきワルツ」:すごくいい曲でした)。これは音楽的にどう吹いていいかわからずステリハで全然ダメだったので、パートメンバーの上手な人に休憩時間にコーチしてもらって、なんとか曲がつかめました。その人からは本番すごくよかったよと言ってもらえました。(^_^)v
結局この日は、フルートの最低音域(第一オクターヴ)のCからピッコロの最高音域(第五オクターブ)のCまで、実に4オクターヴを(?合ってるよな?)吹ききって、へろへろになったコンサートでした。でも、楽しかった~
終演後、聴きに来てくれた(ありがとう!)アフォガートのメンバーといっしょに練習に向かいました(強制連行されたとも言う^^;)。ハンバーグを食べて話をしてリフレッシュできたので、夜の練習も楽しくできました。ハードな一日だったけど、よい一日でした。
2007年11月16日金曜日
ベームのグレート、カラヤンの運命、サロネンのシベリウス
先月終わりごろ、スカパーのICカードが変更になるので交換してくださいって、郵便が来ました。スカパーって、日韓ワールドカップのときにサッカー見たいからって、うちのにせがまれて加入したんですが、最近はどのチャンネルも契約していなくて、ぜんぜん見てませんでした。
ICカードを交換するとしばらく無料で全チャンネル(だったかな?)見れますっていうんで、おお、こりゃラッキー、クラシカジャパンの番組をいくつか見ることができました。今日からまた見れなくなってしまいましたが。
その中から、感想を。
●カールベームのシューベルト「グレート」のリハと本番
1966年収録とのことで、まだベームは少し若いです。
ベームのリハって初めて見たけど、予想通りというか、スコアを徹底的に勉強していて、細かく指示を出していました。ただし、そのほとんどがダイナミクスと縦の線のことだけ。音量の微調整、cresc. dim. のタイミングとその量、ここは揃えろ、とか、微妙なテンポ変化、または、「ここでなんで遅くする?そうは振っていない」とか、無駄にルバートはさせない。あまり芸術的な発言はなく、曲想をたとえ話でするようなこともないです。
しかし。それらの指示とベームのバトンテクニック(かなりうまいと思います)を見ていると、彼がどのように曲を解釈して、どのように表現すればよいのかがとてもよくわかります。一言で言って、わかりやすい指揮だし、指示です。音楽表現を直接的に言うのではなくて、ダイナミクスやテンポの指示によって間接的に伝えています。その通りにやると、フレージングも歌い方も全体の曲想もきちんとハマっていくのです。リハの進め方も早いし、素晴らしいですね。バトンテクニックも、無駄がなく、流れているときはオケ任せ、必要なときには激しくも振る、メリハリのある指揮です。
あと、そうそう、ベームが使っている指揮棒って、途中でちょっと曲がっているんですよね。昔買ったベートーヴェンの「皇帝」(ポリーニのやつ)のジャケットでも気になっていたんだけど、今回の映像を見てやはり同じでした。多分、一本枝で作ってあって、節があるのではないかな。自分は今グラスファイバーの棒だけど、木の枝で自作でもしてみようかな。
・カラヤンの運命
これも1966年。映像は、かなり笑いの要素が含まれています。
木管がアップになるカットでは、フルートとオーボエが左右逆で、すぐ次の全体カットでは元に戻っていたり、ティンパニの見せ場がアップになると、暗譜でたたいてるんだけど(しかもアクションがすごいかっこいい。わざとらしいけど)、次のカットではしっかり譜面台があったり。カラヤンのすぐ目の前から弦楽器が並んでいて、しかもすごい大勢でひしめき合っている様がなんともいえずおかしかったり。
しかしながら、演奏はすごいですね。また、カラヤンってほんとうに指揮がうまいです。目をつぶっての、例のナルシスト振りなんだけど、どんなに腕を大きく振っても体、肩、首、頭がびくともしない。超、お手本な指揮です。容姿と相まって、超かっこいいです。
解説の高嶋ちさ子が、「こんな、指揮者をかっこよく見せるためだけの映像って何?」みたいなこといってました。ベルリンフィルのスーパーメンバーをそんなことに使っていいの?って。そこでもう一人の男の解説の人が「あとでいろいろもめましたけどね」とさくっと返していました。
解説によると、このナルシスト振りとかオケの映像のおもしろさは、どうやらカラヤンが自分で考えたものではなくて、映画監督な人がやったことらしいです。カラヤンは後に影響を受けて自分でも同じようなことをやりだしたみたいですが、この映像ではやらされている感があります。目をつぶっているのも監督に言われたのではないでしょうか。現に、フィナーレが終わった瞬間アップになったカラヤンの目が一瞬、薄目になります。多分、本当は目を開けていたかったんだと思います。タヌキ寝入りしてて耐えられなくなったような感じに見えました。
・サロネンのシベリウス
これは2000年のもの。
シベ1、2と続けてやっていて、シベ1の途中から見ました。最初、「お、うまいじゃん」と思って感心して見ていました。若くてハンサムでバトンテクニックがすごくうまくて、いいね~
シベ1の3楽章、楽々振り分けています。オケもがんばる。シベ1の最後。ちょっと大げさだなー、でもまあ、これくらい振ってもいいか。
続いてシベ2。どうやらこの人の本性がでました。カラヤンとは比べ物にならない、超、ナルシストです。なんというか、自分に酔っている感じ。おれって、美しいでしょ?系。2楽章になると、なんと、大粒の涙が両目からこぼれてきました。びっくりですね。
しかし、バトンテクニックがうまいのは相変わらずです。大きく振った棒の中に細かいパートが気持ちよく納まっていきます。それはすごいんだけど、オケを操りすぎというか、ためしに指揮を見ずに音だけ聴いていると、全然鳴っていないんですよね。ただ弾き飛ばしているだけ。力んでいるんだけど、鳴っていない。けど、サロネンを見ながらだと、すごく感動的に聴こえてくる。うーん、なんだかなー。
カラヤンもベームも、オケのうまさを利用してより昇華させる手法なんだけど、サロネンのはそういうのとは違う方向性ですね。
以上、やはりぼくは古い人間なのか、ベームやカラヤンが大好きだということがわかりました。
ICカードを交換するとしばらく無料で全チャンネル(だったかな?)見れますっていうんで、おお、こりゃラッキー、クラシカジャパンの番組をいくつか見ることができました。今日からまた見れなくなってしまいましたが。
その中から、感想を。
●カールベームのシューベルト「グレート」のリハと本番
1966年収録とのことで、まだベームは少し若いです。
ベームのリハって初めて見たけど、予想通りというか、スコアを徹底的に勉強していて、細かく指示を出していました。ただし、そのほとんどがダイナミクスと縦の線のことだけ。音量の微調整、cresc. dim. のタイミングとその量、ここは揃えろ、とか、微妙なテンポ変化、または、「ここでなんで遅くする?そうは振っていない」とか、無駄にルバートはさせない。あまり芸術的な発言はなく、曲想をたとえ話でするようなこともないです。
しかし。それらの指示とベームのバトンテクニック(かなりうまいと思います)を見ていると、彼がどのように曲を解釈して、どのように表現すればよいのかがとてもよくわかります。一言で言って、わかりやすい指揮だし、指示です。音楽表現を直接的に言うのではなくて、ダイナミクスやテンポの指示によって間接的に伝えています。その通りにやると、フレージングも歌い方も全体の曲想もきちんとハマっていくのです。リハの進め方も早いし、素晴らしいですね。バトンテクニックも、無駄がなく、流れているときはオケ任せ、必要なときには激しくも振る、メリハリのある指揮です。
あと、そうそう、ベームが使っている指揮棒って、途中でちょっと曲がっているんですよね。昔買ったベートーヴェンの「皇帝」(ポリーニのやつ)のジャケットでも気になっていたんだけど、今回の映像を見てやはり同じでした。多分、一本枝で作ってあって、節があるのではないかな。自分は今グラスファイバーの棒だけど、木の枝で自作でもしてみようかな。
・カラヤンの運命
これも1966年。映像は、かなり笑いの要素が含まれています。
木管がアップになるカットでは、フルートとオーボエが左右逆で、すぐ次の全体カットでは元に戻っていたり、ティンパニの見せ場がアップになると、暗譜でたたいてるんだけど(しかもアクションがすごいかっこいい。わざとらしいけど)、次のカットではしっかり譜面台があったり。カラヤンのすぐ目の前から弦楽器が並んでいて、しかもすごい大勢でひしめき合っている様がなんともいえずおかしかったり。
しかしながら、演奏はすごいですね。また、カラヤンってほんとうに指揮がうまいです。目をつぶっての、例のナルシスト振りなんだけど、どんなに腕を大きく振っても体、肩、首、頭がびくともしない。超、お手本な指揮です。容姿と相まって、超かっこいいです。
解説の高嶋ちさ子が、「こんな、指揮者をかっこよく見せるためだけの映像って何?」みたいなこといってました。ベルリンフィルのスーパーメンバーをそんなことに使っていいの?って。そこでもう一人の男の解説の人が「あとでいろいろもめましたけどね」とさくっと返していました。
解説によると、このナルシスト振りとかオケの映像のおもしろさは、どうやらカラヤンが自分で考えたものではなくて、映画監督な人がやったことらしいです。カラヤンは後に影響を受けて自分でも同じようなことをやりだしたみたいですが、この映像ではやらされている感があります。目をつぶっているのも監督に言われたのではないでしょうか。現に、フィナーレが終わった瞬間アップになったカラヤンの目が一瞬、薄目になります。多分、本当は目を開けていたかったんだと思います。タヌキ寝入りしてて耐えられなくなったような感じに見えました。
・サロネンのシベリウス
これは2000年のもの。
シベ1、2と続けてやっていて、シベ1の途中から見ました。最初、「お、うまいじゃん」と思って感心して見ていました。若くてハンサムでバトンテクニックがすごくうまくて、いいね~
シベ1の3楽章、楽々振り分けています。オケもがんばる。シベ1の最後。ちょっと大げさだなー、でもまあ、これくらい振ってもいいか。
続いてシベ2。どうやらこの人の本性がでました。カラヤンとは比べ物にならない、超、ナルシストです。なんというか、自分に酔っている感じ。おれって、美しいでしょ?系。2楽章になると、なんと、大粒の涙が両目からこぼれてきました。びっくりですね。
しかし、バトンテクニックがうまいのは相変わらずです。大きく振った棒の中に細かいパートが気持ちよく納まっていきます。それはすごいんだけど、オケを操りすぎというか、ためしに指揮を見ずに音だけ聴いていると、全然鳴っていないんですよね。ただ弾き飛ばしているだけ。力んでいるんだけど、鳴っていない。けど、サロネンを見ながらだと、すごく感動的に聴こえてくる。うーん、なんだかなー。
カラヤンもベームも、オケのうまさを利用してより昇華させる手法なんだけど、サロネンのはそういうのとは違う方向性ですね。
以上、やはりぼくは古い人間なのか、ベームやカラヤンが大好きだということがわかりました。
2007年9月18日火曜日
あと一週間
忙しくてなかなかブログれないんですが、、、
知らない間に1ヶ月も経っていた・・・
あまりじっくり書く時間はないのだけど、とりあえず生存確認のために書いときます。
この夏の活動の集大成、アフォガート管弦楽団演奏会まであと一週間。
今回はなっちゃんのソロがあるし、大好きなチャイ1だし、とても楽しみです。
ここのところ指揮棒を使わない指揮法に傾倒してましたが、止めました。
自分の持っている最大限のバトンテクニックを駆使した演奏にしようと思っています。
小技もたっぷり利かせて。
オケの自主アンサンブルと、楽譜をトレースすることにこだわらない音楽の流れを得るためには、棒はじゃまだと思っていた面がありますが、実は違うんじゃないかな、と思うようになりました。
逆に、無機質にきっちりテンポをとってあげた方が、奏者は安心して自由に歌えるのかもしれない。
また、じゃまだと思えば棒を隠して振ることだってできる。
なにより、自分がいままで研究してきたことが生かせるので、棒を使ってやりたいと思います。
知らない間に1ヶ月も経っていた・・・
あまりじっくり書く時間はないのだけど、とりあえず生存確認のために書いときます。
この夏の活動の集大成、アフォガート管弦楽団演奏会まであと一週間。
今回はなっちゃんのソロがあるし、大好きなチャイ1だし、とても楽しみです。
ここのところ指揮棒を使わない指揮法に傾倒してましたが、止めました。
自分の持っている最大限のバトンテクニックを駆使した演奏にしようと思っています。
小技もたっぷり利かせて。
オケの自主アンサンブルと、楽譜をトレースすることにこだわらない音楽の流れを得るためには、棒はじゃまだと思っていた面がありますが、実は違うんじゃないかな、と思うようになりました。
逆に、無機質にきっちりテンポをとってあげた方が、奏者は安心して自由に歌えるのかもしれない。
また、じゃまだと思えば棒を隠して振ることだってできる。
なにより、自分がいままで研究してきたことが生かせるので、棒を使ってやりたいと思います。
2007年7月25日水曜日
練習大事
当たり前だけど、練習というか、訓練って大切だなと思います。
それはいつものことではあるのですが、特に先日のアフォガートの合奏のとき改めて感じたので書いておきます。
スコアの勉強をするとき、いろいろなポイントがあります。
「あれ、ここのクラって、A管だったっけ?」
とか
「あれ、ここのホルンは1,2番が in D でよかったんだっけ?」
とか言いながら最初のページの記載を確認したりしてしまいます。
また、頭の中で歌っているのと譜読みしたフレーズの感覚がなかなか一致しなかったり、掛け合いの仕組みがなかなか呑み込めなかったりと、合奏前にいろいろ不安要素が残ります。
でも、いざ実際の合奏を振ってみると、事前に勉強していたことがスラスラと頭に浮かんできて、スコアをちら見するだけでどんどん見えてきます(くるような気がしてるだけかもしれませんが)。事前に勉強しているときにはちっとも理解できていないように感じるのですが、着実に効果が出ているようです。勉強不足のときはやっぱり全然読めないですから (^_^;)
フルートでもこれは感じますね。いっくらさらっても、全然うまくならないなぁ、と思っていたら、いざ合奏に乗ってみるとスラスラ吹けてみたり。これもさらっていない箇所は絶対にそういうことはないので、練習の効果はジワリジワリと後から効いてくるのだと思います。まあ、もっとも、個人練習で全然問題ないところが、予想外に合奏でコケたりもするんですけど。
それはいつものことではあるのですが、特に先日のアフォガートの合奏のとき改めて感じたので書いておきます。
スコアの勉強をするとき、いろいろなポイントがあります。
- 拍子、テンポ、発想標語、音量など
- 繰り返し記号など
- 何小節フレーズになっているか
- 調性、和声
- オーケストレイションのバランス
- 旋律、伴奏、合いの手、掛け合いなどの振り分けポイント
- 移調楽器の in C への読み替え
- アルト記号、テナー記号の譜読み(恥ずかしながら、未だにパッと読めない^^;)
- 各パートの難所の抽出
- 降り番パートの確認
- 曲をイメージして頭の中で歌ってみる
- 解説書などの情報を全体のイメージや個々のフレーズに適用する
- :
- などなど
「あれ、ここのクラって、A管だったっけ?」
とか
「あれ、ここのホルンは1,2番が in D でよかったんだっけ?」
とか言いながら最初のページの記載を確認したりしてしまいます。
また、頭の中で歌っているのと譜読みしたフレーズの感覚がなかなか一致しなかったり、掛け合いの仕組みがなかなか呑み込めなかったりと、合奏前にいろいろ不安要素が残ります。
でも、いざ実際の合奏を振ってみると、事前に勉強していたことがスラスラと頭に浮かんできて、スコアをちら見するだけでどんどん見えてきます(くるような気がしてるだけかもしれませんが)。事前に勉強しているときにはちっとも理解できていないように感じるのですが、着実に効果が出ているようです。勉強不足のときはやっぱり全然読めないですから (^_^;)
フルートでもこれは感じますね。いっくらさらっても、全然うまくならないなぁ、と思っていたら、いざ合奏に乗ってみるとスラスラ吹けてみたり。これもさらっていない箇所は絶対にそういうことはないので、練習の効果はジワリジワリと後から効いてくるのだと思います。まあ、もっとも、個人練習で全然問題ないところが、予想外に合奏でコケたりもするんですけど。
2007年5月29日火曜日
やや筋肉痛
いよいよ昨日からアフォガートの今シーズンが始まった。
3ヶ月ぶりに指揮したので、今日はやや筋肉痛ぎみ。
しかし昨日は椅子に座って少し楽な振り方をしたのでそれほどでもないです。
これからは少し省エネモードでやってみようかと思ってる。
せっかくこのブログで『バトンテクニック』を説いているので(ゆるり、ゆるりのペースだけど)、今シーズンはそのテクニックを駆使して、無駄な動きを省いた指揮法を目指す予定。といっても、白熱してきたらまた暴れるかもしれないので、体力はつけておこうと思う。
若いときにはあまり考えていなかったけど、指揮者には体力が必要ということを痛感する今日この頃です。
3ヶ月ぶりに指揮したので、今日はやや筋肉痛ぎみ。
しかし昨日は椅子に座って少し楽な振り方をしたのでそれほどでもないです。
これからは少し省エネモードでやってみようかと思ってる。
せっかくこのブログで『バトンテクニック』を説いているので(ゆるり、ゆるりのペースだけど)、今シーズンはそのテクニックを駆使して、無駄な動きを省いた指揮法を目指す予定。といっても、白熱してきたらまた暴れるかもしれないので、体力はつけておこうと思う。
若いときにはあまり考えていなかったけど、指揮者には体力が必要ということを痛感する今日この頃です。
2007年5月7日月曜日
カール・ベームのモーツァルト交響曲全集
カール・ベーム、ベルリン・フィルハーモニーのモーツァルト交響曲全集、10枚組み。いつだか覚えていないが、かなーり昔に買った。
ごく一部の曲は何度も聴いているが、まったく聴いていないディスクが存在することに気が付き、先日から全部聴いてみることにした。こういう状況になっている全集モノはけっこうある(マーラー、ドヴォルザーク、シューベルト・・・)んだけど、まずはこれから。
夜寝る時の子守唄や、昼間なにかしながらだけど、Disc 1 から始めて今やっとDisc 8 まで来た。
第一の感想。モーツァルトといえども最初から上手に曲を作れたわけではなかったんだなぁ、ということ。最初の方は「あ、美しいな」というような和声の流れがたまにしか出てこないが、番号を重ねるに連れてだんだんとその頻度が増し、今聴いている番号くらいになるとほぼ全てが美しい流れになっていて無駄がない。
オーケストレイションについては新しい試みはないようだ。特にフルートの使い方に関しては苦労しているように感じた。初期の曲では旋律楽器としてしか扱うことができていなくて、ソロかヴァイオリンと重ねるような使い方しかできていない。これらの曲についてはフルートが出てくると急に曲が安っぽくなる気がする。
第二の感想。カール・ベームの良さを再認識した。これだけの曲数を録音したこと自体非常にえらいと思うが、それだけでなく1つ1つが全て丁寧に曲解釈されリハーサルされて演奏されていることがすばらしい。さきほど私が述べた初期のあまり上手に作曲されていない曲でも例外なくきちんと。そしてベルリンフィルも大変美しい響きで、聴いていてまったく飽きることがない。こんなすばらしいCDをほとんど聴いていなかった自分ってなに?すごく損した気分になった。
ごく一部の曲は何度も聴いているが、まったく聴いていないディスクが存在することに気が付き、先日から全部聴いてみることにした。こういう状況になっている全集モノはけっこうある(マーラー、ドヴォルザーク、シューベルト・・・)んだけど、まずはこれから。
夜寝る時の子守唄や、昼間なにかしながらだけど、Disc 1 から始めて今やっとDisc 8 まで来た。
第一の感想。モーツァルトといえども最初から上手に曲を作れたわけではなかったんだなぁ、ということ。最初の方は「あ、美しいな」というような和声の流れがたまにしか出てこないが、番号を重ねるに連れてだんだんとその頻度が増し、今聴いている番号くらいになるとほぼ全てが美しい流れになっていて無駄がない。
オーケストレイションについては新しい試みはないようだ。特にフルートの使い方に関しては苦労しているように感じた。初期の曲では旋律楽器としてしか扱うことができていなくて、ソロかヴァイオリンと重ねるような使い方しかできていない。これらの曲についてはフルートが出てくると急に曲が安っぽくなる気がする。
第二の感想。カール・ベームの良さを再認識した。これだけの曲数を録音したこと自体非常にえらいと思うが、それだけでなく1つ1つが全て丁寧に曲解釈されリハーサルされて演奏されていることがすばらしい。さきほど私が述べた初期のあまり上手に作曲されていない曲でも例外なくきちんと。そしてベルリンフィルも大変美しい響きで、聴いていてまったく飽きることがない。こんなすばらしいCDをほとんど聴いていなかった自分ってなに?すごく損した気分になった。
2007年3月22日木曜日
ブラームス ヴァイオリン協奏曲
前回のアフォガート管弦楽団の演奏会の打ち上げで、次回の演目のブラームス ヴァイオリンコンチェルトのお勧めCDは?という質問を団員から受けた。
今のところ私が知っている演奏は2つしかないのでお勧めというほど語れないが、今後いろいろCDを集めてみて感想をここに書いていこうと思う。
今、これを書きながら聴いているのは、ムター/カラヤン/ベルリンフィルの1981年録音のものである。
最初、このカラヤン盤を聴いたときの感想は、「コンチェルトというよりもシンフォニーのVnソロ付きだな」というものだった。Vnソロを聴こうとすると、オケがうるさい感じがした。
しかし今聴いていると、うるさいというよりは、良く鳴っているオケが心地よいかもしれない。近年、オーケストラを室内楽チックに扱ったり、古楽器を使ったり、またはそれ風の奏法を用いたりすることが流行ったりしているみたいだが、この演奏はそういうのとは対極にある演奏。 "The Orchestra" の響き方。そしてカラヤンらしくドラマチックな部分の表現がとてもかっこいい。例えば1楽章の最初にVnソロが出てくる直前からVnのレチタティーボとオケの掛け合い部分のかっこよさは、非常にカラヤン的で期待を裏切らない演奏である。また、フルートが私の最も好きなツェラーなところも個人的にうれしい。ツェラーのフルートは本当に美しい。全体として、オケはお手本にしていい演奏だろう。ちなみに同じCDに入っているドッペルコンチェルトもかっこいいです。ツェラーのフルートも美しい。
あ、肝心のムターですが・・・うまいし、音も綺麗ですが、私にはあまり感動が伝わりませんでした・・・
もうひとつ持っているCDは、ヒラリー・ハーン/マリナー/アカデミーなんとか、のもの。
ハーン本人がバッハが好きと言っている通り、バッハを演奏するのと同じようなとても丁寧で端正な美しい演奏。Vnソロはムターよりもこちらの方が好き。ただ、マリナーのオケは単なる伴奏になってしまっていてとてもつまらない。なんというか、ペルチャッハの大自然が感じられない。こういう演奏にはしたくないという見本である。
あと、他に聴いてみたいヴァイオリニストは、グリュミオー、ヴェンゲーロフなど。
また聴いたら報告します。
今のところ私が知っている演奏は2つしかないのでお勧めというほど語れないが、今後いろいろCDを集めてみて感想をここに書いていこうと思う。
今、これを書きながら聴いているのは、ムター/カラヤン/ベルリンフィルの1981年録音のものである。
最初、このカラヤン盤を聴いたときの感想は、「コンチェルトというよりもシンフォニーのVnソロ付きだな」というものだった。Vnソロを聴こうとすると、オケがうるさい感じがした。
しかし今聴いていると、うるさいというよりは、良く鳴っているオケが心地よいかもしれない。近年、オーケストラを室内楽チックに扱ったり、古楽器を使ったり、またはそれ風の奏法を用いたりすることが流行ったりしているみたいだが、この演奏はそういうのとは対極にある演奏。 "The Orchestra" の響き方。そしてカラヤンらしくドラマチックな部分の表現がとてもかっこいい。例えば1楽章の最初にVnソロが出てくる直前からVnのレチタティーボとオケの掛け合い部分のかっこよさは、非常にカラヤン的で期待を裏切らない演奏である。また、フルートが私の最も好きなツェラーなところも個人的にうれしい。ツェラーのフルートは本当に美しい。全体として、オケはお手本にしていい演奏だろう。ちなみに同じCDに入っているドッペルコンチェルトもかっこいいです。ツェラーのフルートも美しい。
あ、肝心のムターですが・・・うまいし、音も綺麗ですが、私にはあまり感動が伝わりませんでした・・・
もうひとつ持っているCDは、ヒラリー・ハーン/マリナー/アカデミーなんとか、のもの。
ハーン本人がバッハが好きと言っている通り、バッハを演奏するのと同じようなとても丁寧で端正な美しい演奏。Vnソロはムターよりもこちらの方が好き。ただ、マリナーのオケは単なる伴奏になってしまっていてとてもつまらない。なんというか、ペルチャッハの大自然が感じられない。こういう演奏にはしたくないという見本である。
あと、他に聴いてみたいヴァイオリニストは、グリュミオー、ヴェンゲーロフなど。
また聴いたら報告します。
2007年3月12日月曜日
指揮テク(初級) - オケが走るのを止める方法
オケが走ってしまったとき、焦って止めようとして、自分の指揮を皆によく見せようという意識から、手の動きを大きく振ってしまうとどうなるか。
同じ時間内で大きく動かすためには、手が動くスピードが速くなり、オケのメンバには、「もっと速く!」という指示に見えて、余計に走ってしまうことがあります。また、指揮者の鼻息や血相などからも誤解されるかも。オケのメンバは指揮を凝視しているわけではないので、雰囲気で動いてしまうことがあります。
これの解決策は簡単。オケが走ったら小さく振ればいいのです。あるいは振るのをやめてしまうとか。
指揮が見えなくなると、オケのメンバは自分のテンポ感に自信が持てなくなり、個々人レベルで僅かに遅れを生じます。それがオケ全体に後ろ向きのスパイラルを生じさせて、全体としてテンポが落ち着いていきます。また、指揮者の冷静な様子から、メンバが我に返るというのもあるかもしれません。
過去に、練習のみ指揮して本番は指揮なしというのを何度か経験して、『オケというものは指揮者がいないほうがテンポ感がよく、走ったりすることもあまりないな』 という実感を持っています。
実は、『指揮者が悪さをしてるんじゃないの?』 と思うことがしばしば。
世の指揮者の皆様、オケがグタグタになったき、オケのダメ出しをする前に、ちょっとだけ自分の指揮もチェックしてみるといいかもしれません。
同じ時間内で大きく動かすためには、手が動くスピードが速くなり、オケのメンバには、「もっと速く!」という指示に見えて、余計に走ってしまうことがあります。また、指揮者の鼻息や血相などからも誤解されるかも。オケのメンバは指揮を凝視しているわけではないので、雰囲気で動いてしまうことがあります。
これの解決策は簡単。オケが走ったら小さく振ればいいのです。あるいは振るのをやめてしまうとか。
指揮が見えなくなると、オケのメンバは自分のテンポ感に自信が持てなくなり、個々人レベルで僅かに遅れを生じます。それがオケ全体に後ろ向きのスパイラルを生じさせて、全体としてテンポが落ち着いていきます。また、指揮者の冷静な様子から、メンバが我に返るというのもあるかもしれません。
過去に、練習のみ指揮して本番は指揮なしというのを何度か経験して、『オケというものは指揮者がいないほうがテンポ感がよく、走ったりすることもあまりないな』 という実感を持っています。
実は、『指揮者が悪さをしてるんじゃないの?』 と思うことがしばしば。
世の指揮者の皆様、オケがグタグタになったき、オケのダメ出しをする前に、ちょっとだけ自分の指揮もチェックしてみるといいかもしれません。
2007年3月8日木曜日
しきしとは
指揮者のことです。
私は、これを指揮師とよぶことにしています。
指揮者の仕事は職人のようなところがあるから。
指揮者は演出家の側面もあるけど、実演家でもあります。
私は、いままで実演を重視してきました。
最近は、演出のこともよく考えるようになってきています。
それは、オーケストラのメンバの技量をもっと信頼して、高い要求を与えるということです。
実演重視というのは、オーケストラのアンサンブルを合わせるために、技術的側面から見た指揮法を重視することです。だけどこれはひとつ間違うと、オーケストラは指揮者がいないとまともなアンサンブルになりにくい、という誤った前提を持ってしまう危険性もあります。
指揮法がすごくうまくて、アンサンブルがビシッと揃うのはかっこいいんだけど、果たして、オケってそれでおもしろいの?と、最近思うようになったんです。オケのメンバの技量や個性を生かしきれているのか。そもそも、よい響きを得られているのか。指揮者がビシッとやっちゃったおかげで、むしろ台無しにしてしまっている部分があるのではないか。
オケを邪魔しない指揮法。
でも、しっかり音楽を演出する。
メンバも自分の技量も個性も出せて、指揮者の要求にも応えることができてハッピー。
作曲者への畏敬の念とオーケストラの美しい響きの中でうっとりできたら幸せ。
でも、やっぱり基礎は実演から。ここをちゃんとやらないと『オケを邪魔しない指揮法』は体得できないんですね。なにごとも修行が必要。だから職人のような気がするのです。
私は、これを指揮師とよぶことにしています。
指揮者の仕事は職人のようなところがあるから。
指揮者は演出家の側面もあるけど、実演家でもあります。
私は、いままで実演を重視してきました。
最近は、演出のこともよく考えるようになってきています。
それは、オーケストラのメンバの技量をもっと信頼して、高い要求を与えるということです。
実演重視というのは、オーケストラのアンサンブルを合わせるために、技術的側面から見た指揮法を重視することです。だけどこれはひとつ間違うと、オーケストラは指揮者がいないとまともなアンサンブルになりにくい、という誤った前提を持ってしまう危険性もあります。
指揮法がすごくうまくて、アンサンブルがビシッと揃うのはかっこいいんだけど、果たして、オケってそれでおもしろいの?と、最近思うようになったんです。オケのメンバの技量や個性を生かしきれているのか。そもそも、よい響きを得られているのか。指揮者がビシッとやっちゃったおかげで、むしろ台無しにしてしまっている部分があるのではないか。
オケを邪魔しない指揮法。
でも、しっかり音楽を演出する。
メンバも自分の技量も個性も出せて、指揮者の要求にも応えることができてハッピー。
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