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2019年8月27日火曜日

アルペジョーネソナタ初合わせとFYL-584H

日曜日にピアノとアルペジョーネソナタの初合わせをした。第一候補のYFL-584Hで臨んだが、ピアノの人にもその家族にも、すこぶる評判が良かった。やっぱり自分ではこの楽器が他の楽器に比べて「音色」が素晴らしいとは思えないし、色々吹きづらい点はあるのだが、音量のコントロールがしやすい点と音色に癖がない点は優れていると思っている。フルートの音色は、フルートをやっている人間にとっては、デーハーな音が好まれる傾向にある(根拠なし)と思うのだが、そうでない人にとっては、癖のない音のほうが好まれるのかもしれない。私のフルートを「美しい」と評していただけた。もう迷うことなく、この楽器で行こうと決めた。

一つ思うこと。

演奏が美しく聴こえるかどうかの決め手は、いわゆる「音色」では ないのではないかという気がする。1つのフレーズを適切な音量変化と音程と普通の音色で吹き通した時に、初めて「美しい」演奏になるのだと思う。言葉で説明するのは難しいのだが、例えば、逆に「美しくない」例としては、極端な「後押し」をする、つまり、適切な音量変化ではない場合などが挙げられる。この場合、いわゆる音色が美しくても、演奏としては美しくないということになる。フルートをやっている人は、音色がきれいならばこのような問題は無視してしまう傾向にある(根拠なし)が、一般の人は厳しく評価すると思う。こういう後押し系は、いわゆる、押しつけがましい演奏スタイルとなってしまうのだと思う。一方、自分の演奏が、安い楽器でも美しいと言ってもらえたのは、演奏スタイルが良かったからだと推測している。そして、安い楽器だからこそ、余計な事(もっと鳴らしてやろうとか、音色に変化をつけてやろうとか、そういうこと)を考えずに、正しい音量、音程、フレージングに集中できるのではないかというのが、私の考えである。そう、安物楽器の正当化、非ブルジョワジー礼賛主義である。

次の問題は、このアルペジョーネソナタをどの編曲で演奏するかである。今使っているのは昔に買った日本フルートクラブのものだが、色々間違い等もあり使いにくい。これをベースにパユのCDを真似て吹いているが、パユが使っている版ってなんだろう?オリジナル編曲なのだろうか?今度新宿のムラマツで聞いてみよう。

2019年8月24日土曜日

総銀製のFYL-61と頭部管銀のYFL-584Hとアルペジョーネソナタ

だいぶ前の2013年にこんな記事を書いたあと、実は、YFL-61という総銀製の中古楽器を手に入れていた。2015年暮れのことだ。そして総銀製についてうんぬんしていた記事の続きも全然かけていない。

まず、YFL-61という楽器について。これは、購入した中古屋さん(イシバシ楽器)によると、1970年代にヤマハでは初めて作られたハンドメイドフルートとのこと。仕様は、総銀、インラインリングキーでC足部管(以下RC)、もちろんEメカなし。何でこれを買ったかというと、中古屋さんのページを見ていて、やっすい総銀製RC仕様のしかもOH済みの楽器があるなー、総銀製も試してみないと、「総銀製についてうんぬんしていた記事」の続きが書けないし、ということで店舗に足を運び、試奏したところ、一目ぼれしてしまったからである。頭部管に凹み修理跡があるのが気になる点ではあったが、そのキーの軽さと音色の美しさ、そして安さとRC仕様、二度と出会えないかもしれないと思い、買った。その後1年の保証期間をフル活用して、親指キーのガタ直しなどもしてもらい、なかなかのコンディションとなった。残念ながら、光が丘管弦楽団ではデビューし損なったが、ふじみ野のオペラ本番では活躍してくれたし、ピアノの友人との自主ジョイントコンサートも2回ほどこなして、まずまずの結果を出してくれている。

ただこのYFL-61という楽器、一つ大きな難点がある。それは、リングキーの穴がでかい事だ。自分で思うのはもちろんだが、オペラで一緒に吹いた人にも言われたし、楽器調整に持ち込んだミヤザワフルート アトリエ東京のリペアマンにも言われた。で、そのおかげと思うが、最低音域の右手3本指が開き切らず、塞ぎきれなくて音がカスる事象が頻発する。ここがなかなか克服できないが、それ以外はとても気に入っている。音色の美しさとそのコントロール性、キー操作のタッチの良さから、やはり、「総銀製」はいいんだな、と思わせる楽器だ。

だけど。2012年から使い続けているもう一つの楽器である YFL-584H(頭部管銀、インラインリング+H足部管=RH、Eメカなし)も別の良さがある。「総銀製についてうんぬんしていた記事」に書いているとおり、ポイントをしっかり当てないと鳴らないが、鳴ればしっかりとした音量で響かせることができる。すごく美しいという音はなかなか出せないが、安定した音色で音量のコントロールがしっかりできる。総銀のYFL-61が音色中心で音楽を構築していくタイプだとしたら、こちらのYFL-584Hは、ダイナミクスで音楽を構築していくタイプといえる。これは材質の問題よりも、H足部管であることと、白銅製の楽器が若干、管厚が厚いことも影響しているように思える。

ここで、やっと今日書きたかったテーマに辿り着く。

来年あたりに先述のピアノ友人コンサートで、シューベルトのアルペジョーネソナタをやろうという計画があり、最近さらい始めたわけだが、この2本の楽器、総銀ハンドメイドのYFL-61と頭部管銀セミハンドメイドのYFL-584Hとのどちらを用いるべきかというのが非常に悩ましい。最初のテーマのメロディーを吹くだけであれば、「圧倒的」に前者だ。音色で音楽を作っていきたいと思えばこれ一択だ。でも、このメロディーを含めて、シューベルトの音楽は本当にそれでいいんだろうか、という思いがある。美しい音楽は音楽それ自体が美しいのであり、音色の変化による過度な装飾は不要なのではないかと。それよりも、無垢な音色、安定した音色と音量を持つ後者の楽器のほうがふさわしいのではないか。そしてなにより、たった半音ではあるが、H足部管であればオクターブ上げずに済む箇所が数か所存在する。今のところ、後者を第一候補で考えている。


2019年8月2日金曜日

マチュー・デュフォー フルート・リサイタル

2019年8月1日、マチュー・デュフォー フルート・リサイタル をトッパンホールで聴いた。忘れないうちに感想を簡単にメモる。

最近、フルートの表現力なんて大したことなくて、もういいかな、って思っていたが、今日の演奏を聴いて、目が覚めた。フルートの、もっと言えば音楽が表現できることって、こんなにあるのに、狭い世界に生きてそのことに気づけていなかった自分が本当に不幸だ(だった)と思った。今日これを聴けたおかげで、不幸のどん底から這い上がった気分。

デュフォーの演奏は、(フルート関係者みんなが欲しい)テクニック的なことはできるのが当たり前で、そんなところにはほとんど頓着なく(いや、演奏開始前にかなり長くとっている精神統一タイムで頓着しつくして)、その上の「音楽としてどう表現するか」に全てのリソースを差し向けていた。端的に言えば、音色とダイナミックスの表現を、その曲のその部分で伴奏との絡みも含めていかに適切に使い分けるか、それがまさに職人芸的にほとんどパーフェクトにできていた。

表現技術の職人芸だけではない。その音楽解釈そのものも素晴らしい。前半「フランスもの」、後半「ドイツ・オーストリアもの」というプログラム構成、それに合わせたモードスイッチが素晴らしい。前半は、自身の得意技領域であり、特に最初のプーランクの見事さと言ったら・・・でも、第1楽章の特徴的な音階上昇の最初の音を大げさにテヌートするなど今までのデュフォーとは違った一面もあったが、私にはこれは「ありあり」。自分でも散々さらって本番もやった曲だが、「難所をさらりとこなしているのがすごい」というレベルではなくて、もっともっと上の次元での「すごい」で、感動以外の言葉がない。ミヨーもマルタンも文句がない。

そして後半の「しぼめる花」。チューニングが低いと思ったが、案の定、最初のhが低かった。が、それは瞬時に修正され、その前後でほかに1音たりとも音程で気になった個所はなかった。すごい。で、しぼめる花も文句の付け所がないばかりか、テーマの部分は、明らかに原曲を聴いて、歌詞の内容を理解している、そういう表現の演奏で、表面的に美しく吹こうとか、そういうものは一切感じられない、ただただ音楽のしもべになっている演奏だった。

次の「ウンディーネ」だが。これは、巷のyoutubeで流れているプロだかセミプロだかよくわからない人たちのほとんど雑音とも言える演奏たちを全て抹殺したくなる気持ちにさせる演奏だった。とにもかくにも美しいし、速いパッセージが「うるさく」ないし、ちゃんと水の精になっているし、ピアノの見せ所はちゃんと静かにしているし、ffになっても音色は美しいまま、音程も全くブレない、ロマンチックなメロディー、それがロマンチックな和声を感じながらダイナミクスと音色の変化で表現されていく。何もかもが別次元であり、フルートがこんなに表現できる楽器だったとは今まで知らなかった。この曲ではないが、今までライブで聴いた、ツェラー、シュルツ、パユ、アドリアン、工藤、どの人でも感じなかったことだ。

デュフォーは、ベルリンフィルに入る前にシカゴ響など輝かしいキャリアを持っていて、その経歴で職人芸が磨かれていることがよくわかった。オーケストラでの経験は、音楽の深い理解に寄与しているようで、ピアノが単なる伴奏ではなくて、二重奏として扱って演奏していることがよく伝わってきた。

そういえば、今回のピアニストだが、本当にうまかった。浦壁信二さん。私はピアノのことはよく知らないが、「しぼめる花」「ウンディーネ」のピアノは本当に上手だと思った。テクニック云々よりも、音楽的にデュフォーと対等だったと思う。各曲の演奏後にデュフォーが彼を讃えているようなジェスチャーを繰り返していた。

後半は大曲を2曲演奏し50分に迫るような長大なものだったのに、アンコールは3曲もやった。シューマンのロマンスイ長調、ベートーヴェンのロマンスヘ長調、そして無伴奏でヴィヴァルディ四季春1楽章のちょっと面白い編曲版と、これまた長大だったが、最後までバテていなかったのはすごい。シューマンは低音域だが全然「鳴り」は衰えず、ベートーヴェンも全音域使い、特に最後は最高音のCのピアニッシモまで完璧にこなし、ヴィヴァルディは、面白編曲ながらヴァイオリンソロの速い3連符の例の難しいやつは原曲通りの感じのアレンジだったが、これも完璧。これが日々ベルリンフィルで鍛えられているパワーなのだな、別次元だなと、そういう感想しか出なかった。

2017年10月22日日曜日

パイプオルガンのビブラートと古楽器のビブラート

今日NHKを見ていたら鈴木さんというオルガン弾きがドイツの由緒正しきオルガンの弾き歩きをしている番組があったが、その中で「美しいフルート管」が付いているという楽器を演奏している時、明らかにそのフルート管と思われる音色を使っている時に、ビブラートがかかっていた。

古楽のフルートは装飾的なビブラート以外は使わないはずだと思っていたが、このテレビで聴いた音は自分たちが今吹いている奏法のビブラートと本質的に変わらないと思った。このパイプオルガンのこのビブラート機構がいつから付いているのか調べたら、その当時の少なくともそのオルガン製作者のフルートに対する音色とビブラートの認識が明らかになるはずだ。そういう切り口で研究したら、現在横行中のピリオド奏法に風穴が開くのではないかと思っている。

2017年2月16日木曜日

MintのXfceはやめた、など。

  1. Mint Xfce はアンインストール(単に消)した。理由はデザインが好きになれなかったから。また、軽いというメリットを考えると、Lubuntuのほうがデザイン含めてバランスがよい。というわけで、当面はNJ1000ではMint MATEとLubuntuの2つを入れた状態で使い分けようと思う。
  2. ブルクミュラー25の練習曲のCDを買った。息子のレッスンがようやくこのフェーズに入ったので、お手本を仕入れた。クリストフ・エッシェンバッハの演奏なのだが、これが非常によい。観賞用CDとして十分に使える。良い演奏を聴くことは楽器を練習する以前に大切だ。赤ちゃんが言葉を覚えるのだって、大人が普通に話すのを聞いてだ(赤ちゃん言葉で語りかける大人を私は否定する)。赤ちゃんはだいぶ大きくなるまでうまく話せない。聞いて聞いて聞きまくって、ようやくまともに喋れるのだ。楽器も同様に聴いて聴いて聴きまくって、下手で下手で下手過ぎる自己嫌悪を乗り越えて、上手くなるのだ。
  3. 1975年に録音されたランパルのソロ曲のCDも同時に買った。圧倒される演奏だった。フルート初心者の時からこの演奏を知っていたら、私のフルート人生は違ったものになったかもしれない。ツェラーやシュルツやゴールウェイをいくら聴いても、この境地はないんだ。人生やりなおしたい気分だ。

2015年3月9日月曜日

トリオ・キャラメリゼ 演奏会 2015.3.29 代々木 アトリエ・ムジカ

今度、こんな演奏会に出ることになりました。

フルート、ヴィオラ、ピアノの三重奏。
なかなか面白い編成で、練習していても楽しいです。
一緒に演奏する方々のレヴェルは高く、私は胸を借りるつもりで頑張っています。

フルートとヴィオラの二重奏や、それぞれのピアノとのデュオもあります。
フルートソナタは第二楽章が有名なシチリアーノのやつです。

3年前に購入した YFL-584H を使います。
このフルートはすっかり手になじみました。
色々レポートすべきことがあるんですが、演奏活動が忙しく・・・
いずれまた書きたいと思います。

楽しい演奏会にしたいと思います。
ご興味のある方は是非お問い合わせください。


2013年3月28日木曜日

フルートの材質と音色

フルートの材質が音色に影響を与えるとすれば、その要因は腹の底から管体に至る「空気柱」(デボストが言っているもののこと)ではない。それ以外の様々な振動が材料を振動させ、フルートの音色の構成に影響を与える。また、材質の違いによって奏者に与えられる感触の違いや、製作時の加工のしやすさ、製作時から販売時、修理時に至る全ての過程で携わる人間に与える高級感、などから来る楽器の総合的な品質の違いが演奏の品質に影響を与え、全体として音色が異なってくるということもあるだろう。

最初に、「それ以外の振動」の要因について考えてみる。要因としては以下のようなものが考えられる。
  • アタック 
  • キー操作
  • ビブラート 
  • 息漏れ
アタックしてから歌口で空気が振動し始めるまえのごく短い瞬間には、歌口に当たった息のエネルギーは直接歌口の材料を振動させると思う。この振動は材質よって当然異なる音質のノイズを発生させると思う。

キー操作はどんなにソフトに行ったとしても、パッドと音孔が当たるのだから音は出る。これも材料の音がするはずだ。また、これは音孔が半田付けかどうか、フェルトのパッドかどうかという違いも大きく影響すると思う。

ビブラートは息の強弱であるという視点で考えると、弱い息から強い息に切り替わる瞬間は先述のアタックと同様の現象が発生すると思う。

息漏れは歌口以外の場所に息が当たることになるので、先述のアタックのノイズが常に鳴り続けている状態となる。

以上から、息漏れがなければ、ノービブラートのロングトーンの途中では材質による音色の変化は起こらないはずであるということが言える。実際に自分の実体験ではこれが当てはまる。しかし、息漏れがある場合は常に材料の違いが音色に影響してしまう。この点については別の機会に考察しようと思うが総銀製礼賛主義はここから来ているのだと思う、ということだけ言っておこう。

次に「演奏の品質」について考えてみる。
高級な材料で作られる楽器は、当然、上級の職人が製作し、また、同じ職人であっても高級な材料であればより丁寧に作業するということは想像に難くない。流通や修理、調整の過程でも同様の扱いを受けるだろう。そのようにして奏者の元に届く楽器は、精度よく製作されよく調整された品質の高いものとなるだろう。そして、奏者にとっても高級な材料で作られた楽器はその見た目も、感触も、霊感を刺激するに違いない。そこに高い品質の演奏が生まれると考えるのは自然なことだ。当然、音色にも影響する。

以上の考察から、楽器の材質は音色に影響すると言える。そして何も工夫をしなければ高級な材料で製作された楽器の方が良い音がする可能性が高い。

しかし、私の実体験では、必ずしもそうならない。またはそうならないように工夫できる、否、フルート趣味が非ブルジョワジーであることを証明するためにも、つまり、自分の経済力で最大限楽しむためにも、工夫すべきだ。

次回は実際の楽器の例を挙げて、この点について考察したい。


2013年3月21日木曜日

新しいフルート、そろそろ一年

昨年3月、フルートを買い換えた。

下取り:
アルタス A1607 (CC、総銀、ソルダード、巻き管)

購入(2本):
ヤマハ YFL-584H (RH、頭部管銀)
アルタス A807E (CC、Eメカ付、リップ銀)

手元に残した:
ムラマツ スタンダード (CC、総銀)

セオリーに反し、総銀ソルダード(しかも巻き管)から頭部管銀およびリップ銀への ”スペック・ダウン” である。

そろそろ一年になるので、感想などをつらつら書いていこうかと思う。
また、買い替え時や定期調整時などに行った他の楽器の試奏の感想なども。

まずは、何で買い換えたのか。
  1. A1607のオーバーホール時期だった。
  2. A1607の音が枯れてきてすごくよくなってきた。
  3. A1607の音色が良過ぎて自分自身の技術の拙さときちんと向き合えなくなった。
  4. フルート人生で一度もH管リング(以下、RH)を吹いたことがなく、それを知らないままにしたくなかった。
  5. たまたま光が丘管弦楽団の次の本番で、H音のある曲があった。
  6. A1607は音色はいいが幅広い表現が当時の自分にはできなかった。特に音量の変化。
  7. 状態の良い楽器が欲しかった。

下取り予算内における買い替え機種の選定。
  1. RH仕様で予算的にちょうどよいムラマツEX(試奏したのはREH)は好きになれなかった。
  2. 他のメーカーではH足部管が付けられる機種が限定的でいまいちだった。例えばサンキョウエチュードにH足部管が付けられない。アルタスなら選択肢があったはずだが、その時点ではアルタスからの買い替えなので除外していた。
  3. ヤマハは頭部管銀でもH足部管が付けられる。予算的には管体銀の684も行けたが試奏の結果584がよかった。
  4. YFL-584Hだと下取り額を下回るので、サブ楽器を買うことに。各社最低価格周辺のモデルを試奏の結果、なんとアルタスが最高得点で予算オーバーしつつ購入決定。これは良すぎる楽器だ。(今年の3月から2万円ほど値上がりした)

買い換えてよかったかどうか。

よかった。

ヤマハはコストパフォーマンスが最高だと思う。EC頭部管は全音域出しやすく作ってある。音量差も付け易く、A1607に比して音楽を表現しやすい(音色は負ける)。しかし、吹き方を誤ると(吹き込みすぎると)ゴムを伸ばしたような、フルートじゃないような音が出る。また、このプロフェッショナルシリーズは少し調整が狂いやすいのかもしれない。これまでの実績としては、3ヵ月毎の調整が必要だった。アルタスA807EはA1607とはまったく異なる印象で、こちらは音が素直でコントロールもしやすく、音楽表現もしやすい。


銀を多く使っているかどうかの件。

リップ銀のA807Eは、歌口の響くポイントをはずしたときは音量が出せない。A1607でもYFL-584Hでも、多少外してもそれなりの音が出る。このあたりが銀製かどうかの違いなのかも知れないが、裏を返せば、「銀は鳴る」というのは実は間違いで、歌口が鳴っていない=息漏れ状態の時に楽器が別の振動をして大きな音が出ているだけで、「銀は雑音が大きい」が正解なのではないかというのがこの一年で感じたことだ。A807Eは、歌口が鳴るとムラマツスタンダードと遜色ないか、むしろ良い音色で音量も十分に感じる。総銀製の楽器は総じてノイジーで、たとえ歌口がよく鳴る状態にあっても響きが抑えられてしまう感じだ。ここを逆手にとって活用すれば表現の幅は広がるのかもしれないが、マニアックだし、本来のフルートの技術とは方向性が少し違ってくる気もする。その点、頭部管銀というのは中庸で両方のいいとこ取り的で、値段も安くて、言うことなしだ。フルートの技術、特に歌口を鳴らす技術を磨くためには銀の使用は少ないほうがよいが、外した時の保険として銀はある程度欲しい。そのニーズには頭部管銀はベストマッチと言えるだろう。一方、総銀のニーズは保険を過剰に掛けたい素人系ニーズと、マニアックに使いこなす玄人系ニーズに二分化されていくだろう。そしてアマチュア界では当然、前者が多いと思う。アマオケを聴きにいくと前述のノイジーな音がよく聞こえてくる。後者の代表例はアンドレアス・ブラウだろう。ムラマツの総銀ソルダードをマニアックに吹きこなし、図太い芯のある音にコロコロとした軽やかな響きを加えて、すばらしい。でも、あれはアマチュアには難しいし、私はそういうアマチュアフルート吹きを知らない。アマチュアフルート界の総銀礼賛主義、怖いと思う、というのが、総銀からスペックダウンして一年たった時点での感想だ。

本日はここまで。
次は、調整の狂い易さ、ソルダード、巻き管などの件。
試奏したフルートの件。試奏したフルートの状態の件。
ムラマツのこと。
など、書ければ、書きたい。

(2019/09/03 追記)
上記の記事は書けていないが、YFL-584Hのその後についての記事
・総銀製のFYL-61と頭部管銀のYFL-584Hとアルペジョーネソナタ
・アルペジョーネソナタ初合わせとFYL-584H



2011年7月24日日曜日

シューベルト、カラヤン、グレート

今度シューベルトのグレートを吹くことになり、音源を研究中。

ベーム、ショルティ、サバリッシュ

とりあえずベームあたりは基準だろうと勝手に思い込んでいた。
ショルティも ”らしい” 演奏。
サバリッシュは個性的でとても良い演奏。
音楽が大好きなんだと思わせる。

がしかし。
いずれの演奏も、シューベルトのこのグレートという曲を好きにならせてはくれない。
特にベームのはよろしくない。演奏が悪いわけではないのだが・・・

そこで、ふと、カラヤンBPOのCDを持っていることに気づいた。1977年EMI版。
これを聴いて、この曲への印象が180度変わった。大好きな曲になった。

カラヤン恐るべしである。
考えてみれば、カラヤンの演奏はいつもそう。
カラヤン臭はバリバリわかるものの、最終的にはカラヤンすばらしいというよりも
その曲がすばらしいという感想で終わる場合が多い(もちろんまったくの外れもある)。

要するに指揮がうまいということだ。
カラヤン以外の指揮者は皆自分の音楽をやっているが、
カラヤンは曲を聞かせるために全ての技術とリソースを割いている。
曲解釈は独自の個性的なものもあるが、他人からの拝借というのも
目的達成のためならためらわずやっている様である。

1977年EMI版のグレートのどこが良いのか。
端的な話をすれば、第一楽章序奏がまず素晴らしい。
引きずらないテンポを持って推進力があり、音楽が生き生きとしている。
第一楽章のおしまいは目から鱗の斬新テンポだ。
最後の三連符がこれで初めて意味を成すことがわかる。
これに関して、他の演奏は全てNGだと思う。(後述のDG版カラヤンもNG)
第一楽章では1つだけ、序奏の最後の部分で1stフルートが2拍早く入ってしまい、
その後落ちてるのが残念。それ以外はフルートは素晴らしい演奏(おそらくブラウ)。

第二楽章も第三楽章も終楽章も、そのテンポ設定や音量バランス等が吟味されつくしている。後から入手して聴いた1968年DG版に比べて、あらゆる点が改善されている。DG版のほうが良い(好き)と思える部分もあるのだが、シューベルトのグレートという曲としては改善されているという意味である。

しかし、カラヤンBPOの演奏を聴きたいというのならDG版にもかなりの価値がある。

個人的に言えば、それはツェラーが吹いているという点が最大の価値。
この人もまた、この曲の吹き方に対する考え方を180度変えてくれました。
出るべきとこ、引っ込むべきところが文字通り180度。
出るところは期待以上に出ていたが、引っ込むべきところが意外に多く、
聴く前に期待していたのとは違うが聴いた後の満足度は高かった。
ただ、引っ込むといっても、響きは綺麗に残っているのです。
こんな風に吹けたら本当にいいんだけど、素人には難しいだろうな。
第三楽章の短いソロの歌い方は、本当に目から鱗が落ちまくりです。
ツェラーはよくやることなんだけど、フレーズの頭の音を最も響かせて
あとはその余韻でレガート全体を支配する吹き方です。
本当に音楽的だ。素晴らしい。

このDG版、私みたいなツェラーファンじゃない一般人にとっても、
洗練されたEMI版に比べ、もっと元気なカラヤンBPOが聴ける
という意味で、大きな価値があるだろう。

重厚で超ソステヌート奏法な弦楽器はシューベルトというよりも、
まるでブラームスを聴いているかのよう。

EMI版は、その臭みを取って
(だからと言って変なシューベルト味にするわけでもなく)
純粋な洗練された古典ロマン派の音楽そのものを聴かせてくれます。

すばらしいの一言です。

2008年2月25日月曜日

4オクターヴ

昨日、笛で乗っているオケの本番がありました。入団してからまだ2回目のコンサートで新参者としてパート割を全てリーダーの人に任せていたらとんでもないことになってしまった。前:ピッコロ、中とメイン:2nd、なので楽勝・・・と思っていたら・・・

ピッコロは超目立つ曲で、しかも音が超高い。2ndも1stとのからみが多く、しかも地味に目立つ&音楽の始まりで重要だったりする部分があったりして気が抜けなく、これも大変。

おまけに、アンコール2曲は直前にトップを命じられ、小品だから楽勝と思っていたら、1曲はどソロで超目立つし(シベリウスの「悲しきワルツ」:すごくいい曲でした)。これは音楽的にどう吹いていいかわからずステリハで全然ダメだったので、パートメンバーの上手な人に休憩時間にコーチしてもらって、なんとか曲がつかめました。その人からは本番すごくよかったよと言ってもらえました。(^_^)v

結局この日は、フルートの最低音域(第一オクターヴ)のCからピッコロの最高音域(第五オクターブ)のCまで、実に4オクターヴを(?合ってるよな?)吹ききって、へろへろになったコンサートでした。でも、楽しかった~

終演後、聴きに来てくれた(ありがとう!)アフォガートのメンバーといっしょに練習に向かいました(強制連行されたとも言う^^;)。ハンバーグを食べて話をしてリフレッシュできたので、夜の練習も楽しくできました。ハードな一日だったけど、よい一日でした。

2007年7月25日水曜日

練習大事

当たり前だけど、練習というか、訓練って大切だなと思います。
それはいつものことではあるのですが、特に先日のアフォガートの合奏のとき改めて感じたので書いておきます。

スコアの勉強をするとき、いろいろなポイントがあります。
  1. 拍子、テンポ、発想標語、音量など
  2. 繰り返し記号など
  3. 何小節フレーズになっているか
  4. 調性、和声
  5. オーケストレイションのバランス
  6. 旋律、伴奏、合いの手、掛け合いなどの振り分けポイント
  7. 移調楽器の in C への読み替え
  8. アルト記号、テナー記号の譜読み(恥ずかしながら、未だにパッと読めない^^;)
  9. 各パートの難所の抽出
  10. 降り番パートの確認
  11. 曲をイメージして頭の中で歌ってみる
  12. 解説書などの情報を全体のイメージや個々のフレーズに適用する
  13. :
  14. などなど
家でスコアを読んでいるときはなかなか頭に入らず、

「あれ、ここのクラって、A管だったっけ?」

とか

「あれ、ここのホルンは1,2番が in D でよかったんだっけ?」

とか言いながら最初のページの記載を確認したりしてしまいます。

また、頭の中で歌っているのと譜読みしたフレーズの感覚がなかなか一致しなかったり、掛け合いの仕組みがなかなか呑み込めなかったりと、合奏前にいろいろ不安要素が残ります。

でも、いざ実際の合奏を振ってみると、事前に勉強していたことがスラスラと頭に浮かんできて、スコアをちら見するだけでどんどん見えてきます(くるような気がしてるだけかもしれませんが)。事前に勉強しているときにはちっとも理解できていないように感じるのですが、着実に効果が出ているようです。勉強不足のときはやっぱり全然読めないですから (^_^;)

フルートでもこれは感じますね。いっくらさらっても、全然うまくならないなぁ、と思っていたら、いざ合奏に乗ってみるとスラスラ吹けてみたり。これもさらっていない箇所は絶対にそういうことはないので、練習の効果はジワリジワリと後から効いてくるのだと思います。まあ、もっとも、個人練習で全然問題ないところが、予想外に合奏でコケたりもするんですけど。

NetBeansのメニュー等のフォントサイズ

Apache NetBeans 12 LTS (NB 12.0)  をインストールしてみたが、「文字が小さすぎて見えない!!(書類をバサァー)」状態。 ソースコード用のフォントは、   Tools->Options->Fonts & Colors   で変更...